認知症の人の激しい言動を理解するための3原則

公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事

社会福祉法人財団石心会理事長

川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

 認知症の人は、周囲の人との関わりの中で、暴言・暴行・興奮・拒否などの激しい言動を示すことが少なくありません。激しいこだわりを示す場合もよくあります。

 これらは周辺症状(行動・心理症状、BPSDともいう)と呼ばれていて、介護家族はもちろん、医療・介護専門職であっても対応の難しい症状です。

 「介護者に向かって暴言を吐く」「突然怒り出して周囲の人に殴りかかった」「やさしく説明したのに聞き入れない」などのように、認知症の人が一次的に激しい言動をすると、多くの人は考えているように思います。しかし、私の考えでは、認知症の人の言動の大部分は二次的な言動、つまり周囲の人の言動に対する反応(リアクション)であると思っています。

 私の工夫した「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」の「第5法則:感情残像の法則」「第6法則:こだわりの法則」および「第7法則:作用・反作用の法則」に該当する反応だと思うのです。周囲の人が優しく受容的に接すれば認知症の人は穏やかな言動をするし、説得や否定は激しい言動を誘発するものです。

 認知症の人に接するものが、次にあげる「認知症の人の激しい言動を理解するための3原則」に抵触した場合に、認知症の人は激しい言動をすると考えます。

第1原則 本人の記憶になければ本人にとっては事実ではない

第2原則 本人が思ったことは本人にとっては絶対的な事実である

第3原則 認知症が進行してもプライドがある


(1) 第1原則 本人の記憶になければ本人にとっては事実ではない

 記憶障害は認知症の最も特徴の一つで、直前に話したことも行ったこともすぐ忘れてしまうというひどいもの忘れや、食事をしたことやデイサービスに行ってことなど体験したことをすっかり忘れてしまう「全体記憶の障害」があります。

 「何度も同じことを言わないで、うるさいよ」「今説明したばかりでしょう。どうして分からないの」「あなたも納得してくれたじゃないの」「ご飯は今食べたばかりでしょう。これ以上食べるとおなかを壊すからダメよ」などと言っても、本人は納得しません。なぜなら、本人の記憶から消えているので、周囲の人が言うことは自分にとってありえないことで、「ペテンにかけようとしているのではないか」と猜疑心を募らせることになりかねません。そのような状態になったら、事実関係を認めさせようとすることはあきらめて、「そうね、私の勘違いだったかしら」のように、中断したほうがよいでしょう。

 第1原則については、私たちも経験するものです。他人から「先日貸した金を返せ」と言われても、記憶になければお金を借りたことを決して認めないと思います。しかし、交通事故やてんかんの大発作などのため逆行性健忘になり、金を借りたという記憶を失った人は、実際には金を借りていても、借りたことを覚えていないため、同じ態度をとるはずです。周りの人にとっては真実であっても、本人には記憶障害のために真実でないのが、認知症では日常的であることを知っておくことは大切です。

(2) 第2原則 本人が思ったことは本人にとっては絶対的な事実である

 「この人が私の大切にしていたものを盗んだ」「(服薬したことを忘れて)薬を飲んでいない」「(食事をしたことを忘れて)まだ食べていない」「(記憶が昔に戻って)私の夫はもっと若い。こんなおじいさんは私の夫ではない」等、認知症の人の世界では、第2原則のように、絶対的な事実としてとらえられます。正しく教えようと考えて否定すると激しい反発が出てきます。まずは受け止めて別の話題に切り替える方が現実的な対応と言えるでしょう。

(3) 第3原則 認知症が進行してもプライドがある

 若い介護職や子どもから「そんなことをしてはダメと言ってるでしょう」などと言われると、プライドを傷つけられたと感じて、怒りだすことがあります。かつて高校の教諭をしていた人に対して、ヘルパーが「先生、身体を拭いても宜しいですか」などと話しかけると、機嫌良くケアを受けてくれたという。「○○さんの言われる通りです」「○○しても宜しいですか」「○○していただけますか」「すみません、少し我慢して下さい」「「ありがとうございます」などの言葉を使い続けることがコツです。