No.37–ペースは合わせるもの-気持ちの余裕が大切

杉山Drの知っていますか?認知症当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。


公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表

公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

「先生は、『認知症の人の言動にまず合わせなさい。焦ることはあなたの負けですよ。認知症の症状がひどくなって、介護の負担が増すだけです』とおっ しゃいますが、実際に介護している身になりますと、そう合わせてばかりはいられません。しなければならないことが山ほどもあるのですから」

極めてもっともな言葉だと思う。仕事や家事をこなしながら、さらに介護をしている人に対して、「認知症の人のペースに合わせなさい」と要求するのは過酷かもしれない。

それでは、認知症の人の気持ちをうけとめて上手に介護している人はすべてを介護に費やしていて、自分のことや家庭のことをする余裕のない人であろうか。筆者の経験では必ずしもそうではない。むしろ、うまく自分の時間をつくっている人ではないかと思う。

「ペースを合わせる」場合、「時間をかけて食事をするのを待つ」「トイレに何度も出入りするのをそのままにしておく」「着替えに時間がかかる」「なだめ、すかしてお風呂に入れる」など、日常生活動作に時間がかかるのをせかさないで待つことが必要になる。

介護者は「時間が長くかかる」ことにがまんできないことよりも、「ゆっくりしたペース」に我慢できないことの方が多いようだ。

従って「早くしなさいよ」「先程注意したばかりでしょう」「いいかげんにしてちょうだい」「もう手を出さないで」というような、督促、注意、禁止などの言葉が出る。

そうすると「聞いたことはすぐ忘れるが、その時受けた感情が残る」という「感情残像の法則」によって、認知症の人はますます介護者のいうことを聞いてくれなくなるのである。

介護のコツである、「ペースは合わせるもの」をスムーズに行うことは、介護者に気持ちの余裕がなければできない。そのためには次のようなことが必要だ。

まず認知症の症状の特徴とその心理を知る。認知症の人の世界を知り、その世界に合わせた演技ができるようになる。介護保険サービスや介護用品についての知識を深め、介護に適切に生かす。いろいろな人との交流を通して、ほかの人の経験を自分の介護に生かす。

薬を適切に使うことで激しい症状が治まることもあるので、主治医に相談することもよい。

「認知症の人のペースに合わせること」が結局、介護にかかる精神的、身体的、物理的な負担を軽くすることにつながるものだ。


杉山孝博:

川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。

1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。

著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。


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