No.35–上手な割り切りが大切-発想転換、気持ちに余裕

杉山Drの知っていますか?認知症当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。


公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表

公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

多くの認知症の人は、家族が一生懸命お世話しても、否、お世話すればするほど認知症の症状をひどく出すものだ。家族はまじめで熱心であるあまり、精神的にも身体的にも消耗しきってしまう。

こんなとき、誰かが別の見方、考え方を教えてあげて、家族が上手に割り切れるようになると、介護はずっと楽になる。

「冬でも裸に近い状態で一晩中動きまわっていて、何回着せてあげてもすぐ脱いでしまいます。夏は夏で、午後3時ごろになると雨戸を閉めてしまい、厚着をしています。汗をかいて暑そうなので着物を脱ぐように言っても聞き入れてくれません。風邪をひいたりするのが心配です」

「お風呂に入るのを嫌がって困ります。主人に手伝ってもらってやっと入れているのですが、毎日がまるで戦争です」

快適で文化的な生活を楽しんでいるわたしたちは、認知症の人に対しても自分たちと同じ基準や感じ方を当て嵌めようとしがちだ。

そのこと自体は「思いやり」という点では大変重要なことだ。しかし、さまざまな規制や拘束から抜け出た認知症の人にとっては、介護者の気持ちを理解できず、かえって煩わしいこと、余計なこと、無理やり押し付けられること、と感じられることが多い。

そんなとき、次のような考え方をすると、混乱から早く抜け出すことができる。

「せいぜい数十年前までの日本、あるいは世界各地の現実をみれば、清潔な環境、豊富な衣食、安全快適な生活、毎日の入浴などは異例であって、現生人 類の長い歴史からみれば”異常”とも言える。普通でないのはむしろわたしたちの方で、認知症の人は正常な行動をしているのだ。」

苛酷な環境で裸に近い状態で生活している人が、皆風邪をひくわけではない。テーブルや床の上に落とした物を食べただけで、おなかをこわすことはない。こんなふうに発想の転換をするのが大切だ。

発想の転換は一人では難しい。認知症相談や「認知症の人と家族の会」での話し合い、介護教室や本などで他人の経験を聞き、適切なアドバイスを受けることで容易になることが多い。

「割り切り上手は、介護上手」である。

介護者は上手に割り切って負担を軽くし、長続きのする介護を心がけるのがよい。介護者の気持ちに余裕が生まれ、認知症の人にとっても、良い結果をもたらすものだ。


杉山孝博:

川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。

1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。

著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。


連載/知っていますか?認知症(全52回を読む)

あなたも「家族の会」の仲間になりませんか?無料で資料をお送りします。