No.30–家族がたどる心理ステップ-初めは「戸惑い・否定」

杉山Drの知っていますか?認知症当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。


公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表

公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

「母の認知症が始まったとき、一生懸命教え込んだり叱ったりしましたが、介護の混乱はひどくなる一方でした。母は私を怖がって、きつい顔をしていました」

「あんなにしっかりしていた母が認知症になったと信じたくなかったし、おまえの接し方が悪いのだと夫からも非難されて、ただ一人で悩んでいたのです。母と一緒に死のうと思い込んだこともありました」

「家族の会に参加して同じ悩みをもつ仲間がいることを知り、介護のコツを学んでから気持ちが変わりました。不思議ですね。症状は変わらないのに対応が楽になったのです。穏やかになった私の気持ちを鏡に写したように、母の症状は落ち着きました」

「それからも紆余曲折はありましたが、今では赤ちゃんか仏様のようないい表情を見せてくれる母が一日でも長生きしてくれることを祈っています」

初めは認知症のさまざまな症状に振り回されていた介護者が、とまどったり介護に疲れ果てたり絶望的な気持に陥ったりしながら、日々の介護を続ける。そのうちに4つの心理的ステップをたどってベテランの介護者となってゆくことを、私は30年近い経験から知った。

どの介護者も必ずたどることになる4つの心理的ステップについて、順に説明していこう。

介護者にとっては、これまでの自分の過去を客観的に振り返り、あるいはこれからの行方を見通し、自分の今いる位置を確認する上で、きっと役に立つであろうし、介護を援助する人にとっては、家族の心理的状態が把握でき、自分たちの援助の意味と方向が明確となるに違いない。

まず第1ステップは「とまどい・否定」だ。

しっかりしていた人が突然変なことを言い始めたり、介護者を疑い始めたり、今までできていた簡単なことができなくなったりすると、いったい何が起こったのかと、家族は戸惑う。

今までしっかりしていた肉親で、ましてや尊敬する親であるというような心理が働くと、認知症であることを否定しようとする。

この時期には、家族はほかの人たちに「父がおかしいのよ。どうしたらいいでしょう」という相談がなかなかできない。

保健所や社団法人「認知症の人と家族の会」の相談室へ行って相談したくても、万―、当人にばれてしまったら大変なことになるという思いも働く。さまざまな遠慮などから、この時期は一人悩む時期と言えよう。


杉山孝博:

川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。

1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。

著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。


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