No.11–物忘れしても感情は鋭敏-説得よりも同情

杉山Drの知っていますか?認知症当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。


公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表

公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

認知症の人は、「ひどい物忘れ」の特徴のように、自分が話したり、聞いたり、行動したことはすぐに忘れてしまう。しかし、感情の世界はしっかりと 残っていて、瞬間的に目に入った光が消えたあとでも残像として残るように、その時抱いた感惰は相当時間続く。このことを、「感情残像の法則」と呼ぶ。出来 事の事実関係は把握できなくても、感惰の波として残るのである。

認知症の人の感情が鋭敏で変化しやすいことは、介護したことのある人なら誰でも経験している。注意したり否定したりすると、突然険しい表情になって、「うるさい。余計なお世話だ」などと怒り出すのは日常的だ。

周り(特に―生懸命介護している人)からどんなに説明を受けても、その内容はすぐに忘れてしまい、単に相手をうるさい人、いやなことを言う人、怖い人ととらえてしまう。よい感情も残るので、本人の気持ちを受け入れて合わせれば、穏やかな表情にかわる。

これをどう理解したらよいのだろうか。

私たちが人から忠告を受けた場合、その人に向かって、「うるさい。余計なお世話だ」とは普通言わないだろう。なぜなら「自分のことを思って忠告をし てくれたのだ」「同じ立場であれば自分でも同じ言い方をするだろう」などと、瞬間的に考えて、その時の感情をコントロールするからだ。

それが可能なのは、判断力・推理力などの理性があるからだ。

知的能力の低下した認知症の人は、―般常織が通用する理性の世界から出てしまって、感情が支配する世界に住んでいる、と考えたらよい。

周囲の者はその人が穏やかな気持ちになれるよう、心からの同情の気持ちで接することが必要となる。認知症の人を介護するときには「説得よりも同情」である。

私は介護者に対して「お年寄りとの間に鏡を置いて、鏡に映ったあなたの気持ちや状態がお年寄りの状態です。あなたがイライラ,カッカしているときに はお年寄りも同じように反応します。穏やかに対応すれば、お年寄りも必ず落ち着きます。介護サービスを上手に使って余裕を持つようにしましょう。そのほう があなたにとっても本人にとってもよいことです」と話している。

最初のうちはむずかしいかもしれないが「どうもありがとう。助かるわ」、「そう、それは大変だね」「それはよかったね」などの言葉が言えるようになれば、その介護者は上手な介護ができているといえよう。


杉山孝博:

川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。

1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。

著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。


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