京都府支部だよりでは、「家族の会のいいところ」と題して、会員の皆様より寄せられたご意見を紹介しています。

 

家族の会に励まされて

K.Eさん

家族の会に入会したのはじわじわと母の症状が進んで、遠距離介護の先が見えず不安になっていた頃でした。電話相談員の仲間に入れていただきました。少ししか活動できない私でしたが、世話人の皆さんは会えばいつも暖かく接してくださいました。元気で活き活きと活動している皆さんが 実は大変な介護を経験してこられたと聞き驚きました。細かいことまで言わなくても、認知症家族のしんどさを丸ごと解ってくださるという安心感、なんとも言えない親しみを感じ、ほっと癒される思いでした。そして「私なんかまだまだ初心者、頑張らなければ!」と勇気づけられたものです。

94歳の母とリフレッシュ旅行にも参加させていただきました。どんな行動をするか分からない母を連れて行くのは無謀と思いましたが、世話人さんたちが「大丈夫、大丈夫!」と誘ってくださいました。その言葉のとおり、皆さんの行き届いたお世話のおかげで、母はご機嫌で旅行を楽しむことができました。想像もしていなかった親孝行ができ良い思い出となりました。

家族の会に入り学んだことは、「ひとりじゃない」ということです。会員の方々の状況をお聞きすると、感心することが多く、前向きな気持ちになれました。介護の只中では、頑張るほどに孤立感が増していきます。同じ苦労をしている仲間

 

がたくさんいることにも気づかないし、だれかに「助けて」と言っていいと解るまでには案外時間がかかるものです。 

ある時、認知症のお母さんのことで悩んでいた友人に、「全部かかえこまないで助けてもらえばいい」と助言しました。後日その友人が「あの一言で救われたのよ」と言ってくれました。

家族の会の人たちは、介護のしんどさを支え合いに変えて、世代から世代へリレーしているのではないでしょうか。

私は2年まえに母を看取りました。長い介護の日々でしたが、「あんなすさまじい時期もあったんだなあ」と、今はのんびり思い出します。電話相談員として相談を受けながら、通りすぎた日々を想い、苦しい相談者の気持ちを想いながら、優しい気持ちになれる自分がいます。先輩の方々から受け取った優しさを、私もリレーしているのですね。感謝です。

 

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K.Kさん

私が家族の会に入会したのはS61年、介護保険のなかった頃。S58年頃から徘徊が始まった姑は夜中に転倒、大腿骨骨折、リハビリを拒絶、そのために寝たきりになってしまった。介護保険もなかった時代。 認知症もだんだんとひどく、特に被害妄想がはげしかった。特に嫁の私に…。その頃は嫁の介護は世間一般当たり前のことだった。だから悪いのは全部“嫁”。グチをこぼせる人はない。風呂でシャワーを浴びながら何度泣いたか?今、思えば馬鹿みたいです。

61年に京都市社協主催の寝たきり老人等をかかえる介護者に1泊の招待旅行があり、その帰りのバスの中で「呆け老人をかかえる家族の会」(現・認知症の人と家族の会)への入会を誘われ、その場で入会しました。

それからつどいに参加してグチを聞いてもらい、元気をもらって帰りました。その姑もH4年に「母ちゃん、ありがとう」と言って亡くなりました。 長年介護をしてきた私にとっては空気の抜けた風船のようでした。そんな私に主人は「家族の会のお手伝いをしたら」と言ってくれ、世話人になりました。

家族の会に入会して良かったことは沢山の方々と知り合えた事、普通では参加できないような国際会議などの会議やイベントなどに参加させていただき、全国の会員さんとも交わり、友好の場がもてました。お陰様で故郷で暮らす高齢の兄弟の事を故郷の支部の方々に助けていただいています。また、家族の会で勉強したことを地域で役に立てています。介護を通じて人と人の輪をつないでいければいいなぁと思っています。

 

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N.Tさん

1013,14日の2日間、長野県駒ヶ根での長野県支部リフレッシュ事業に認知症の妻と参加し、楽しいひと時を過ごさせていただきました。去年8月に京都府支部会員で以前京都橘大学におられた、小野塚先生のお誘いで駒ヶ根の認知症の人の家族会立ち上げに参加させていただいたご縁で今年もお誘いくださり長野まで出かけてきました。

そのリフレッシュ事業には伝田長野県支部代表はじめ39名参加者。1日目は講師 関 靖氏による「介護保険について」のお話で、介護保険制度がどんどん悪くなっている。間もなく全員が2割負担になるというお話しを聞き、その後アコーディオンの伴奏でみんなで歌いました、夜の懇親会では、駒ヶ根支部の人たちによる寸劇などで2時間楽しみました。2日目は養命酒駒ヶ根工場の視察をしました。広々とした山の中腹に7棟の建物が建っており一番上の原酒庫から山の傾斜を利用し製品を流し製造するエコロジーなシステムになっており感心しました。養命酒のもとはみりんだとお聞きし、ショップでみりんをお土産に買ってきました。

[家族の会]のおかげで、このように、妻と一緒に長野県の、あるいは全国の同じ立場の皆さんと交流できることをありがたく思います。

 

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K.Mさん

私が家族の会で一番お世話になっているところは「つどい」です。

一、二歩、先の介護生活をする先輩の経験やアドバイスを聞くことは、とても参考になります。

 母が認知症と診断されたのは8年前です。母が認知症になったことは恥ずかしくて誰にも言えなかったので、相談する人がいませんでした。時間があればインターネット(以下、ネット)で、「これからどうなっていくのか?」、「準備しておくことは何か?」など認知症のことについて調べていました。毎日繰り返す母娘ケンカを何とかしたくて、本を読んで、ネットで調べて、「間違いを指摘しない」、「怒らない」など対応の仕方を見つけましたが、実践してもうまくいきませんでした。すぐにケンカになるし、怒ってしまう日々が続きました。当時の私の「認知症になったら、何もわからないし、何もできない」という考え方が間違っていたのだと思います。 

 その頃の一番の悩みは、「今のままではよくないことはわかっているが、どうしたらよいかわからない」でした。こんな漠然とした悩みに対するアドバイスは、ネットでは見つからなかったです。次の悩みは、「母が大好きなビールを飲みすぎていて、どうしたらいいかわからない」でした。医師もケアマネもビールは控えた方がいいとアドバイスをくれました。では、「一人暮らしで、缶ビールを自分で購入できる母から、どうやってビールを取り上げる?」、「大好きなのに、取り上げていいのか?」など、私の中には?マークがいっぱいでした。このような時に、本で「認知症の人と家族の会」を知り、早速、連絡してつどいに参加しました。

 母のビールの飲みすぎについては、「ディサービスを増やして、昼間から飲める環境を作らない」、「症状が進むと飲めなくなるから、おいしく飲んでいる間は飲ましてあげたらいい」というアドバイスでした。「そっか。おいしく飲んでいる間は、飲ましてあげればいいんや。」と、気持ちがスッキリしました。それからは、悩み事は何でもつどいで相談しています。

 アドバイスが一つでないこともよいところだと思っています。先輩たちの経験に基づいたいろいろな工夫を知ることで、母に合ったものを選ぶことができます。少し先の見通しも教えてもらえるところもよいです。大変な状況もいつかは収まるということがわかりました。「つどい」があることは、私にとってとても心強いことです。

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